この記事では生きる意味について考えてみます。
長い人生どこかで生きる意味なんてあるのかと考えてしまうことは誰にでもあります。
もちろん僕も散々考えてきました。
生きる意味を見失ってどうでもいいと思ったことなんてしょっちゅう。
結論、生きる意味なんてないと思ったこともあります。
今の自分の考えでは生きる意味はあると思っています。
生きる意味なんてないと思ってた自分がどうして生きる意味があると思えるようになったのかをご紹介します。
生きる意味を見つけるヒントになれば幸いです。
生きる意味なんてないと思うのはまだ早い
生きる意味なんてないと思うのはまだ早いです。
生きる意味なんてそうそう簡単に見つかるものでもないから。
ほとんどの人は生きる意味なんて見つかってないんじゃないかと思います。
自分が生きる意味を明確に語ることができる人なんて少数派でしょうね。
僕もほとんど出会ったことがないです。
というか生きる意味なんてそれぞれ考えることが違っててもいいと思うしね。
自分の生きる意味が「大金持ちになる」ってことだったら、それはそれでいいと思うんです。
お金を生きがいにして生きることもその人の自由ですからね。
他の人がとやかく言う必要なんてない。
つまりは生きる意味なんて好き勝手考えてもいいんです。
もし現時点で生きる意味なんてないって思うなら、意味なんて適当に考えてしまえばいい。
生きる意味なんて正しい答えがないわけだから、自分が好き勝手に決めていいんですよ。
生きる意味なんてないんじゃなくて、生きる意味を自分が決めてないだけ。
生きる意味なんてないと思うのはまだ早い。
そんなものは適当に決めて好き勝手生きればいいんです。
あとでやっぱり生きる意味間違ってたわと思えばそのときに訂正すればいい。
まずは生きる意味なんてないと結論づけてしまうのはまだ早いってことですね。
辛い状況を克服できた経験は誰かの役に立つ
今辛い状況で生きる意味なんてないと思ってるかもしれないですね。
そんなときは辛い状況を克服できた経験は必ず誰かの役に立つと知っておきましょう。
生きてる限り誰しも悩みを抱えてたり、辛い経験はしてるもの。
一見なんの問題もなさそうに見えてる人も実は大きな悩みを抱えてるんです。
外からはわからないものだけど、すごく悩んでる人なんて山ほどいる。
もしも自分が辛い状況で悩んでるなら、もしその経験を克服できたら多くの人の役に立つんです。
どうやってその経験を克服できたかを知りたい人は山ほどいるから。
辛いことがたくさん起きて生きる意味なんてないと思うかもしれません。
だけどその辛い経験を乗り越えた自分は、たくさんの人の役に立つ力を持つようになる。
そのときになってなんとなく生きててよかったと思えてくるんです。
人は本能的に人から喜ばれると幸せを感じるようにできているから。
人に喜ばれると、「あの経験をしていてよかった」と思えるようになる。
辛い経験をしているときはすごく嫌だけど、乗り越えてしまえばその経験が幸せの源泉だったりするんです。
だから生きる意味なんてないと考えるのはまだ早い。
辛い経験をしている最中はなんで生きてるのかよくわからなくなってしまう。
だけどその経験を乗り越えた人を、多くの人が待っている。
辛い状況を乗り越えてみると、生きる意味なんてないとは思わなくなってるはず。
生きる意味を考えるのをやめてしまおう
極端な話生きる意味なんて考えるのをやめてしまえばいいんです。
生きる意味を考えるのが苦しいならわざわざ考える必要なんてないから。
生きる意味なんていくら考えても正しい答えなんて出ないもの。
だったら考えることをやめてしまってもいいと思います。
生きる意味を考えるのが好きだったらいいんです。
だけど好きでもないことを考えることは苦痛でしょ?
だったら無理に考える必要もない。
僕なんて馬鹿だからいくら考えてもわからないって気づいちゃったんです。
だから生きる意味を考えるのをやめた。
なんとなく自分の生きる意味を決めたら、あとはそれ以上考えない。
生きる意味は僕の頭でいくら考えたところで、わかりようがない。
いくら考えてもわからないようなことを考えること自体が無駄なんだと気づいたんです。
そうしてね、生きる意味を考えなくなったら少し楽になった。
今ももちろん生きる意味なんてわからない。
それでいいと思ってます。
生きる意味なんて考えてわかるもんでもないです。
もし生きる意味なんてないと思ってしんどくなるなら、それ以上考えなくていいんです。
いくら考えても正しい答えなんて神様でもない限りわかりません。
まとめ
生きる意味なんて適当に決めてしまえばいい
人生の意味を見失うくらいの辛い経験を乗り越えたら必ず人の役に立てる
生きる意味なんて考えてわかるもんでもない